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2007年2月16日   宇宙教育センター

「日本画は宇宙を描く」内之浦絵画コンテスト審査委員長講評および入選者受賞コメントについて

 去る2月3日に表彰式が開催された内之浦絵画コンテストの審査委員長の講評ならびに入選者の受賞に対するコメントが届いておりますのでここにご紹介いたします。

本江 邦夫 審査委員長(多摩美術大学教授/府中市美術館長)の講評

余韻の美―講評にかえて
                                          本江邦夫

 「すでにそこに在る」(present)ものを紙なりキャンバスに絵具で描く、つまり「再度在らしめる」(represent)―これを絵画という行為の基本とするならば、わが国が世界に誇る固形燃料の大型ロケットの打ち上げに立会い、その衝撃と感動を全身で受けとめ、一枚の絵に仕上げるという、JAXAの発案になる今回の企ては、日本画の未来を担うべき俊秀たちにまことに格好の機会を提供したといえるでしょう。

 ところで、ロケットの発射の瞬間を描くのになぜ日本画なのか?水彩でも油彩でも、もっと手っ取り早い媒体があるではないか?―制作にとにかく手間のかかる日本画の常識からすれば、これは当然の疑問です。たしかに、時代の最先端をゆく科学の決定的な瞬間に孕まれたスピード感とエネルギーを表現するには、旧態依然とした日本画ではとても追いつきそうもありません。しかし、その一方で組成から考えると、岩絵具つまり鉱物を基本とする顔料に全面的に依拠している日本画は、少し乱暴な言い方になりますが、もっとも物質的で硬質な絵画、いわば元素的な絵画ともいえるのです。
こう考えてくると、日本画と固形燃料ロケットの親近性がよく分かります。さらにいえば、先ほど何らかの対象を再現するのが絵画といいましたが、これは抽象画の話になると、「何を描いているのか分からないではないか」といった、けっこう悩ましい事態を引き起こします。

 そこで絵画についてのより即物的な定義として「支持体に何らかの顔料がのっているもの」という言い方があるわけです。私の考えでは、とかく花鳥風月にとらわれがちな日本画にこうした、岩絵具そのものの存在感を呈示するような観点を持ち込むことで、現代日本画のまた別の展開が望めることになります。

 内之浦の大自然のもと、宇宙を見据えた人智の塊ともいうべき物体が、まさに大地を揺るがす轟音とともに噴出される炎と光と水蒸気を目の当たりにして、現代的な感覚に満ち満ちた若き才能たちはそこに何を感じ、表現しようとするのか。よんどころのない事情で立会いの機会を逸した私は、まさに興味津津で彼らのもたらす成果を待ち受けていたのです。

 たぶん私は、当初の、ロケットの発射の瞬間を描くという設定から、強烈な光と色彩と躍動感に満たされた、まさに即物的なまばゆい表現を漠然と想像していたのでしょう。審査当日、作品を一望したときの、あのどこか拍子抜けした感じを説明するのにそれ以外の理由は思いつきません。念のためいっておけば、だからといって私は失望したわけではありません。むしろ、わが国で長年にわたって育まれてきた情緒的な文化に裏付けられた日本画の生理ともいうべきものを、あらためて実感させられ、むしろ沈思黙考することになったのです。

 応募作品のどれひとつとして、光そのもののような炎を噴出しながら空間を切り裂くように上昇していくロケットの具体的な描写をこころみるものはありませんでした。むしろけたたましい発射の後の、時が停滞したかのような静けさ。重大な任務を終えたときの、安堵感と虚脱感のまざりあったある種の物寂しさ。そうした、祭りの後とでもいうべきか、ロケット打ち上げにともなうきわめて人間的な部分あるいは余韻に画家たちの気持ちが向かっているのはいかにも暗示的かつ象徴的でした。

 一緒に審査をさせていただいたJAXAの的川泰宣さんが、中島安階さんの打ち上げ後の人気のない発射台を描いた≪夢≫をしげしげと眺められて、「発射の後というのは本当にこんな風です」とおっしゃったことからも分かるように、伝統的な日本画においては「静」が「動」を包み込み、まさに余韻として象徴するのです。

 こうした余韻をもっとも象徴的に表したのが、今川教子さんの、真っ赤な雲海に蛍の光がちらちらと舞ってくるところを描いたような、まさに宇宙的なヴィジョンを秘めた作品です。題名は≪光≫とありますが、文字どおりのものではなく、むしろ燐光にちかい、どこか消え入るような光の気配ないし情調を表したものですが、そのよって来るところを考えると、私たちはむしろ激烈な発射の瞬間を想わざるをえなくなり、燃え尽きた燃料がちりちりと光る粒となって静かに降っているのではないかという夢想にすらとらわれることになります。

 これと比べると熊谷曜志さんの、大量の煙を噴出させながら大空に小さくなっていくロケットをいくぶんイラスト的に描いた≪夢の向こう≫は一見したところはるかにダイナミックなものですが、描写すべきすべてを墨(まさに炭素の塊)の濃淡に移行させている点で、これまた精神的かつ象徴的な表現の次元に到達しているといえるでしょう。ロケットのダイナミズムを「表現する」のに、噴煙ばかりを前面に押し出すことでむしろ「表現しない」のも、心憎い演出です。

 こうした「表現しない」ことによって「表現する」、つまり不在によって存在を暗示し、象徴するというのは、余白とか余韻を偏愛するわが国の美術にことさらに固有のものではありません。たとえば西欧中世のキリスト教美術では、ヒエラルキーの頂点に位置する神の臨在を空席の玉座で示すことは常套的な手段でした。しかし、そこにあったのはむしろ、神は人智の及ばない超越者であり見ることは叶わない、という論理的かつ絶対的な理由でした。
 虚空を斜めに伸びていく、ロケット不在の発射塔を、しかもいかにも暗示的なことにその上半分のみを、まるでヴェクトルとして描いてみせた田中敦子さんの意図的な構図≪宙(そら)≫に、だからといって不在と存在にかかわるそのような理屈があるとはいえないでしょう。にもかかわらず、ここでロケットはまさに不在によって存在していること、より強い言い方をすれば、この鋭角的な発射塔そのものがそこにあるべきロケットを体現し、象徴していることはもはや疑いようのないことなのです。ロケット発射そのものをすでに目撃していた作者は、宇宙に向けて静かに佇立するかのような発射塔を描きながら轟音と光の渦巻くあの瞬間を反芻していたに違いありません。

 「日本画は宇宙を描く」―大型ロケットの発射を実見して描くという、JAXAの今回の企画は、この宇宙的な時代においてもなお、いやむしろだからこそ日本画の余韻の美学が通用する、むしろ際立つことを図らずも明らかにしてくれたという意味で、まさに特筆すべきものといえるでしょう。
                            (多摩美術大学教授/府中市美術館館長)

▲ 表彰式当日の本江委員長。表彰式の際も入選者に直接講評を行っていただきました

今川 教子さんの受賞コメント(最優秀賞、作品名:「光」)

 この作品「光」は、光と音と共にロケットが宇宙へと打ち上げられた瞬間と、その直後空に残された静けさ、あの時自分の中に留まった確かな「感覚を信じて描く」事で、作品を観ていただく方に瞬間の感動が伝わるのでは、とただ信じ描いてゆきました。

 打ち上げ成功後、宇宙開発に関わる方々の宇宙に懸けた純粋な心と姿に触れることができ、自分も描くことへの新たな喜びの中、自由に描かせていただくことができました。

 描くことと、宇宙開発への“純粋な”思いが重なって生みだされる様々な形は、これから先とても大きな意味と役割を持ち、一つの目標に向かって進んでいけるように思います。

 あの時打ち上げられた衛星は今地球を回りながらどんな風景を観ているのでしょう・・・。

 最後に、貴重な出会い、経験をさせていただきありがとうございました。

▲ 今川さんと最優秀賞「光」(画面右の作品)

中嶋 安階さんの受賞コメント(優秀賞、作品名:「夢」)

 このたびは、栄えある賞をいただくとともに、立派な場所に展示いただける機会を与えていただき、誠に感謝いたします。あらためて身の引き締まる思いです。

 この絵は夢というタイトルですが、人の夢ではなく、ロケット発射台の夢というイメージで題といたしました。何か、ロケット発射後の発射台が、そのロケットの飛び去っていった彼方を想い、夜に夢見ている様子をイメージして描いたのです。

 日本画と宇宙といいますと、なかなか結びつきにくいようですが、東洋絵画としての日本画を突き詰めて見ますと、天と地との関係性を描くことを一つの理想としているのであり、天としての宇宙のビジョンは、日本画と切っても切れないものだと考えています。

 今後とも、より一層の宇宙技術の発展を願いますとともに、更なる精進をしてまいりたいと思います。

▲ 中嶋さんと優秀賞「夢」

田中 敦子さんの受賞コメント(審査員特別賞、作品名「宙(そら)」)

 絵を描いていこうと決めたキッカケが、「そら」にありました。
今回M-V7号機の打ち上げを準備段階から見学させていただき、、目の前に繰り広げられている現実として、「そら」の奥へと視点を向けている開発者の方、技術者の方、内之浦地区の方、JAXA関係者の方々を目にしてきました。
ひとつのロケットに、人が造り、想う。ということが集結していく様をみました。
打ち上げのカウントが進むにつれ、観覧している方、報道の方々までも、発射の一瞬に向かって高まる緊張感と共に何かが共有されていくのがわかります。
見送ったロケットが空の奥へ奥へと進んでいったさまに、今もその奥で観測し続けている太陽観測衛星ひのでと、打ち上げに関わった方々の想いを内之浦の「そら」の色に感じました。
出品させていただいた絵は、その「そら」の色と射場に残った発射装置の赤を描いたものです。

 今回賞をいただいたことで、絵に少しでも、私が内之浦で目にしてきたことがご覧になる方に感じていただけたのだろうか又は感じていただけるのだろうか、と思うと、心の中からじんわりと喜びがこみあげてきます。嬉しいです。
この場を築いていただいたすべての方に感謝し、お礼申し上げます。
ありがとうございます
 
 「そら」についても、内之浦で観てきたことも、宇宙も宇宙開発も、まだまだ観たい感じたいと考えていることが沢山あります。
今後は、ありのままの事象を自分というフィルターを通して発信する日本画という伝達方法だからこそ、実際に宇宙や宇宙開発を目にされてきた方々にお会いし、見聞きを重ね、あらわしていければと考えています。

 最後にもう一度、本当にありがとうございました。

▲ 田中さんと審査員特別賞「宙(そら)」
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